昭和五十四年十一月二十五日 朝の御理解

 御理解第三十七節 「生きておる間は修行中じゃ。ちょうど、学者が年をとっても眼鏡をかけて本をよむようなものであろうぞ。」


 本を読むようなものであろうぞい、という事は面白い小説を読むといったようなものではない。いわゆる勉強する、という事なんです、ね。学徳が身に付いてくる。それが、も、楽しい。ですから面白い本を読む、というのではない。自分の学問の上に、尚一段と力が付いてくる事が楽しいのであり、又はそれこそ面白いように身に付いていく、という事もありましょ。信心も同じです。
 そのいうならば修行がね。修行だから楽な事はないでしょうけれども、その楽でないその修行が楽になる、楽しうなる。そういうおかげを頂いていく、という事は取りも直さず、いよいよおかげへの挑戦である。もうこれでよいという事はない。限りないおかげを頂いていきたい。いや神様が下さろうとするおかげを頂きたい。
 『今朝から私、お夢を頂いたんですけども、お家が建ってるんです。一寸シャレた小じんまりした住宅風の家なんです。丁度角のような所に建っていて、丁度椛目のように、こう斜めから入る。前からでもなからねば北側からでもなからなければ東側からでもない。いうならば東北が丁度入り口になってますよ、ね。そういう、その家が建っておるけど、どういう事だろうか、と私は思わせて頂いたら、ね。
 ここに今、どれだけでしょうかねえ。一町三千坪の所一杯に、いうならば御造営が出来ております、ね。もうそれこそ、そこに小さい駐車場があるだけで他は、もう家ばっかりになってしまうほどの、いうなら私共から見れば大きな家が、も、それこそ館という感じの家が出来ております。
 けれども 神様から御覧になると、小さい、いうならばちょっとシャレた、いわば住宅ぐらいにしかない。お風呂に入りたいなあ、と思ったけれども、お風呂に入れる。お風呂のお湯を入れる人がいないので、お風呂にも入られんでおる、という事であった。』もう本当に親先生こそ極楽であろうと皆が、いや極楽どころか合楽世界に住んでござるだろうと思うです。
 ところが神様の目から御覧になると、ね。そんなまだ、ちゃちな家であり、どうも家族には誰もいないけど、四、五人の家族がおるらしいけれども、その時には誰も、どこかに出掛けてていないという。まあ今、いうならば沢山な御信者がありますけれども、神様の目から御覧になると四、五人の家族がおるのにも匹敵しない位のおかげでという事です。
 だからもし神様が、今ここでたっておるとぐらいに認めて下さる、という事になったら、もっともっと素晴らしい事であろうと思うです。それこそ日本内地どころか世界の国々に、ね。いうならば合楽の光が、いうなら力が行き渡って行くようになって、ま、神様の目から御覧になったら、丁度私共が、人間が見る館であろう。また私は極楽の、この合楽の世界に、というのは、そんなふうにしか見えない。
 ま、そんなお知らせを頂いてから、目が覚めた途端に、何か心が一遍に大きうなったような気がしました。ね。もうケチな事なんか言うておれない。神様が下さろうとするおかげは、こんなにも大変な大きなおかげを下さろうとしておる。人間が見た目には三千坪にいっぱい建った家というのですから、やっぱ大した家でしょうけども、神様の目から御覧になると、大した、も、なからなければ大きくもない。
 それこそ小さい、ま、文化住宅的な使い勝手のよいような感じの、ま、家が出来ておる、というだけに、いやもっともっと厳密に言うたら小さいものでしょう、ね。私共が広大なおかげを頂いて、というけれども、いわゆる広大無辺の世界に住む、ということ、ね。も、限りがない、そこには、ね。
 いうならばケチな事なんか言うてはおれないだけではなくて、こういう大きなおかげを下さろうとするのであるから、修行もまた普通では出けんという事になります。ね。そういう私は大きな神様の願いをこちらに感ずる時、ただ自分の願いだけを持つ、というだけでも、こういう大きな願いを立ててるのだから、この位な修行は、と思いますけれども、じゃない、神様の願いが成就する。
 御神願が合楽教会の上に成就しますように、という御神願の成就、という事は、とてもとても私共の想像もつかない程しの願いが、合楽にかけられておる。そこの信奉者の一人一人として、ね。おかげを受けていかなければならない。
 昨日末永先生が、いよいよ今日出発でございますから、末永先生達夫婦と私との対談を応接間で致しました。それ全部記事にするわけでしょう。私は思うのに、昨日も、その話が出たんですけれども、あちらへ前回渡りました。もう瞬く間に沢山な、日に百名づつもお参りがある、というようなおかげを頂くようになった。来るたんびの手紙が、本当にびっくりするようなおかげも現れてきた。
 その手紙を頂いておる、ある手紙の時でしたけども、『神様から、「今のおかげは仇花じゃ」と神様がおっしゃったです。だから仇花なら散って、その後に咲くのが本当なもんだ、と。』昨日、その事を改めて竹内先生が申しますもん。ほんにそげなこつがあったねえ、と、言って話した事でしたが、ね。今度は、いうならば仇花ではない。本当の花が咲くんだ、と。
 南米の地に、それこそ合楽理念の実験実証者が沢山増えていって、ね。それこそ何々は合楽理念をもってする他はない、と、みんなが唱え言う程しのおかげを頂いていかねばならない。本当な花というのは、そういう花の事であろう、とこう私は思うです、ね。それにはです、ね。この位な事にヘコタレたり、この位な事に、いうならばくーっとしたりするような事では、ね、出けん。それには今日、私の心の中に、何か自分の信心が一回り大きくなったような心がしきりにするんです。
 もうこれからこれまで広がれよか、てんなんてんケチな考えは、もう一遍に吹っ飛んでしまう、ね。南米だけではない。北米にも、またカナダにも、ね。豪州あたりにもヨーロッパの方にも、ね。神様の願い、思いというものはかけられてあるんだ、がおかげを頂いていく為には、いうならたとえそれは、ね。一流のものであっても万倍のおかげを頂く生きた種にならなければならない、ね。蒔いたばってん芽が出らん、ちゆうこっちゃでけんです、ね。
 その為には私共がね。どういう修行でも、ね。それを有難うさせて頂けれる。学者が年を取っても眼鏡をかけて本を読むような、ここのところ迄自分の、いわゆる修行体というものが進んどかなければならない、出来上がっとらなければならない、ね。
 私は今度末永先生があちらへ帰って、あちらの人達が二年間あちらへ帰らせて頂いたが、末永先生達夫婦が、もうこれは一回りも二回りも大きうなられたなあと感じる位なおかげを、また頂いておる、と思うけど、あちらへ行ってみなきゃわかりません。ね。
 その問題なら問題に、いわば直面した時にです。ね。二年前の自分と二年後の今日というのは、はあこれがこんな具合に楽に受けられる、ね。だからもう次の修行の手がかりというかを頂いていく、という姿勢も自ずと出来てくる。楽しい事には、その修行によって、事のあるたんびんに一回りづつ大きくなっていく、という事は一回りづつおかげが大きくなっていく、という事ですから、こんな楽しい事はない、ね。
 いつも私が申しますように一生が修行だ、と言うてね。一生貧乏で暮らしてしまう、の、修行であるとかね。過程といったようなものが、これも修行じゃと言うて一生続くような事ではいけないというのです。それは修行じゃない、苦労です。口には修行と言いよるけども苦労と思うとる。だから有難うも楽しいもなれんから、おかげも育たん。
 皆さんひとつ何かあるたんびんに、只おかげを頂いたというだけだったら同じ事です。病気をした、治った、というようなものですから、苦しかった事だけが損です。ね。だからその、いうならば難儀、それを私共は修行というが、修行のあるたんびんに心が一回りづつ大きくなっていくようなおかげを頂かなければならない。ね。そういう意味合いで、私共は一生がかり、いうならばおかげを、いよいよ広げていきたい、ね。
 大きいものにしていきたい、と思う心が、いやが上にも募ってくる。学者が、学が身に付いてくるに従って、ね。これが学徳とでも言うのであろうか、というように人間形成の上にも素晴らしい働きをしてくるようになる。それが楽しいのである。それこそ読んだ上にも読み、ね。書いた上にも書いて、いわゆる勉強が楽しうなってくるのと同じこと、ね。
 おかげを頂いたたんびんに一回りづつ大きうならな駄目です。私も大体何かのたんびんにやっぱ一回りづつ大きくなって来て、今日のおかげおもうけれども、神様の目から御覧になると、まあだまだ、ね。これはまあだ、どうでんこうでんいっちょ、ま、いうならば私は九十。私のばばも九十三で亡くなっとる父も九十三ですから、ばばやら父やらの年まで来ると、ま、大体三十年は生きられる。
 三十年間を、も、限りなく大きくなる事にひとつ精進させて頂いて。為にはまず、なら健康のおかげを頂かんならんから健康のおかげを頂く為には、いよいよ心を大切にしていかなきゃならない。健全な心に、いうならば健康は宿る、と言われるぐらいですから、ね。その健全な心に、も、それこそ今まで問題であった、と、思うておった事がです。一回り大きくなったら、も、全然問題じゃなくなってくるから不思議です、ね。
 合い理念はそういう、ね。いうなら育ち、というかそういうおかげが頂かれる手がかりが説いてあります、ね。二年前に例えば、いうならば難儀な事だな、と思うておった事が二年後にもやはり難儀な事だな、と思うような事ではでけん、ね。問題は彼が帰った途端にあるだろう、ね。けれどもあのう昨日対談前に、『教祖様に御礼を申さして頂いとりましたら、「土が水気がなくて割れておる」ところを頂いたです。ね。
 いうならもう潤いがない、という事です、ね。いうならば合楽理念というか、もう金光様の御信心と言うか、ね。そういう信心を持っていく、という事は、潤いを持っていく。お水を持っていくようなものだ。ね。それもブラジル国だけでない、それこそ一番初めに、私が金光様にお届けをしておる事は南米布教という事でしたから、神様から頂いたのもそうでした。
 南米布教と頂いてから、あちらへ行く準備をしたんです。だから南米全土に潤う程しの有難いものを私共が限りなく頂いていかなきゃならない。』末永先生の場合でもそう。ためにはね、自分ながらどうしてこげなおおきな太っ腹になっただろうか、と、ね。どうしてこげな事が全然気にならんようになっただろうか、と。いやむしろ有難うなってる自分に気付かせて頂く位な潤いを持っていかなければならん、ね。
 でなかったら潤おわん、ね。私共でもそうです。神様はまあだ広大な、私共には広大なおかげを頂いておると、いうだけではいけません。それこそ無辺のおかげに繋がっていかなければなりません。限りないおかげに繋がっていかなければならない。ね。その為にはいよいよです、願いを大きくしていくと同時に何かのたんびんに一回りづつ大きくなっておる自分に気付かせて頂くような信心内容を頂きたい。
 そしてやはり自分の信心の力というか徳が、ね。大きくなっておる事が楽しい、なってくると修行もまた楽しい有難い、という事になってくるんです。どうぞ